ブラジル 1825-R ペドロ1世 6400レイス金貨【MS61】
ブラジル 1825-R ペドロ1世 6400レイス金貨【MS61】Brazil 1825-R Pedro I 6400 Reis
激レア!ブラジル 1825-R ペドロ1世 6400レイス金貨【MS61】準最高鑑定のご案内です。
一般的にブラジルの金貨といえば、20000レイス金貨が人気でよく見かけますし、手に入れる機会は多いと思います。
しかし、今回ご紹介の6400レイス金貨は、市場ではほとんど見かけることができず、20000レイスを遥かに超える希少性を持ったブラジルを代表する金貨です。
オークションの説明分にも「1~2年に一度の出現」と表記される品ですが、これは「発行枚数の極端な少なさ」が主たる理由と言えます。
1823-R 931枚
1824-R 235枚
1825-B 不明
1825-R 776枚←今回ご案内中のコイン
1826-B 不明
1827-R 637枚
1828-B 423枚
1828-R 650枚
1830-R 1枚(発行枚数の記録が無く、残存確認数の可能性あり)
※Rはリオデジャネイロ(Rio de janeiro)、Bはバイーア(Bahia)での鋳造
オークションや市場でよく目にする6400レイスはジョアン5世(João V)やマリア1世(Maria I)ですが、多年度にわたる発行の中から1年分だけ例に挙げますとペドロ1世の6400レイスがいかに希少であるか、ご理解いただけると思います。
1743-R ジョアン5世6400レイス
318,984枚発行
1787-R マリア1世6400レイス
276,401枚発行
以上のような、極端な発行枚数の少なさ、現存、良好な状態確保の難しさがペドロ1世の6400レイスがオークションや市場に出現するたびに高値を付ける要因となっています。
それではなぜ、ペドロ1世の6400レイスだけが極端に発行枚数が少なかったのか、という点ですが、これは公式の記録が無く、時代背景からの推測となります。
ブラジル独立直後という激動の時代、国家財政が逼迫しているときに、貴重な金を大型高額貨幣として大量に固定することには、必ずしもメリットがありませんでした。
むしろ、より小額の貨幣を優先するという政策は十分に合理的で、ペドロ1世の4000レイス(8.2 g×0.917=約7.5 g)は6400レイス(14.34g×0.917=約13.15g)よりはるかに大量に製造(1823年約21,000枚、1824年約38,000枚、1825年約20,000枚、1826年約9,142枚、1827年約7,771枚)されています。
1825~1828年にはシスプラチナ戦争によって帝国財政が深刻な危機に陥るなど、まさに新生ブラジル帝国の苦難の時代と重なります。
また、前後の王の時代と比較すると、この時代背景から考える推測にも現実味が増します。
ジョアン6世 → 数千~1万枚規模
ペドロ1世 → 数百枚規模
ペドロ2世 → 数万枚規模
ここで重要なのが、ジョアン6世最後期の6400レイスは、1820年:3,286枚、1821年:2,122枚、1822年:599枚と急減していきます。
そして翌1823年、ペドロ1世になると、1823年:931枚となります。ここから、単純に「ペドロ1世になったから突然6400レイスを作らなくなった」と考えるより、ポルトガルからの独立前後から、すでに6400レイスの鋳造量が大きく低下していたと見るほうが自然です。
そのため、この金貨の希少性は単なる偶然ではなく、独立直後の政治・財政・戦争という時代背景と密接に結びついたものと考えられます。
直径:33mm
重量:14.34g
品位:.917金
ミント:リオ・デジャネイロ
カタログ番号:KM#370.1
鑑定番号(NGC)6821835-001
NGCでは準最高鑑定で同位が2枚、上位は1枚となっております。
ブラジルのペドロ1世(Dom Pedro I, 1798年 – 1834年)は、ブラジル帝国の初代皇帝(在位1822年 – 1831年)であり、ポルトガル国王ペドロ4世としても短期間統治しました。ブラジル独立の中心人物であり、ブラジルの歴史において非常に重要な存在です。
(ペドロ1世)
1798年10月12日、ポルトガル王ジョアン6世と王妃カールロッタ・ジョアキナの子として生まれましたが、1807年のナポレオン戦争で、ポルトガル王室はイギリスの支援を受けて当時ポルトガルの植民地であったブラジルに避難しました。
1821年、父ジョアン6世がポルトガルに戻り、ペドロはブラジル総督として残りました。
1822年、ポルトガル本国がブラジルの自治を制限しようとしたため、ペドロは「私は留まる!(Ficoの誓い)」と宣言し、独立運動を指導。
1822年9月7日、「イピランガの叫び(Grito do Ipiranga)」 を発し、ブラジル独立を宣言。
そして、同年12月1日、ブラジル帝国の初代皇帝に「ペドロ1世」として即位し、1825年にはポルトガル承認を受けてブラジルは独立します。
1826年、父ジョアン6世の死後、ペドロ1世はポルトガル王ペドロ4世となるも、王位を娘マリア2世に譲ります。
ブラジル国内でも反対派が増加し、1831年に退位し、息子ペドロ2世(当時5歳)に皇位を譲りポルトガルへ帰国。
内戦(リベラル派 vs 保守派)が勃発し、娘マリア2世の王位を支えるため戦いました。
1834年、結核のため36歳で死去。彼の遺体は後にブラジルへ戻され、サンパウロのイピランガ博物館に安置されています。
--- オークションレコード -----
※公開時の為替で計算しています。
2023年5月 AU58が約378万円で落札歴あり
24,000ドル(BP込)×1.1×143円=3,775,200円
この金貨は鋳造所が2か所あり、今回ご紹介中のコインはリオデジャネイロミント、もう一か所はバイーア(Bahia)となります。
そしてバイーア(Bahia)鋳造の金貨の場合、Detailでも下記のようなレコードとなります。
2023年1月 UNC Detail(Cleaned)が約491万円で落札歴あり
31,200ドル(BP込)×1.1×143円=4,907,760円
AU58で約378万円というレコードが出ておりますが、こちらはよく市場で見かける20000レイスと違って、レア度が高いため少し盛り上がった感があります。
今回ご紹介するコインはその上をいく準最高鑑定の「MS61」ではありますが、20000レイスのMS61-62の価格も考慮して、私が妥当だと思う価格設定をさせて頂きました。
ペドロ1世 6400レイス金貨は、ブラジル帝国時代の壮麗な歴史を物語る一枚です。ポルトガルからの独立を果たし、ブラジル初代皇帝として君臨したペドロ1世の肖像が鮮明に刻まれたこの金貨は、王政時代の象徴的な遺産としてコレクターの間で高く評価されています。
同年発行の金貨の中で準最高鑑定、ペドロ1世の力強い肖像と精巧な装飾が美しく残存し、約200年前の希少な歴史的価値、ブラジル帝国の黄金時代を象徴する貴重な一枚です。
【お支払い方法】銀行振り込み、または現金払い ※クレジットカードでのお支払いは現在は承っておりません。




